武田邦彦 ヒバリクラブ 文字起こし

武田邦彦先生の音声ブログの文字起こし

声の小さい人を応援(4)「もっとも大切で誰も気づかない」 令和5年4月10日_文字起こし

-----------------------------------------------------------------------------------------------

武田邦彦 ヒバリクラブ ↓YouTubeリンク

www.youtube.com------------------------------------------------------------------------------------------------

ヒバリクラブご覧の皆様こんにちは。武田邦彦です。

久しぶりにですね、家に、少し声がしゃがれてるような気もしますが、これはまあしょうがないですね。激闘2週間ぐらいありましたからね。とにかく毎日のようにどっか行っては、2、3回演説したりなんかしとりましたんでね。寒風吹きさむ日もありましてね。

ところで今日は、声の小さい人を応援しようと言うんで、第4回目ですね。最も大切で誰も声の小さいとは気がついてない。本人も気が付いてない。何でかといったら、割合とうるさいタイプの人多いからですね。それがお母さんなんですよ。

お母さんという人はね、本当に最も大切な人なんだけど、その最も大切だっていうことに誰も気がついてないっていう。非常に不思議な分類って言いますかね、人たちなんですね。

ちょっとここ整理しますとね。、とにかく人間の命を作って、それで育ってるわけですからね。これ以上人間の中で立派な行動ってあるんですかね。僕なんかも、学問なんかやってますけど、学問しても命ができないもんですからね。もしもですよ、人類に子供ができなかったら、あと50年ぐらいで人類は全滅ですよね。100年とか。日本だってそうですね。

だから、子供を作って、育てるっていうのはものすごく大切ですね。育てるのは最近人工乳でいいんじゃないかっていうけど、やっぱり人口乳は発達障害の子供が少し増えますしね。母乳じゃなくちゃいけないですね。

ですから、そうすると、人間の命を創生して、そして離乳期まで育て、さらに本当は3歳ぐらいまでね、お母さんが近くにいなきゃいけないということがありましてね。その意味では本当にこう命を作る人、それがお母さんですね。

で、ところがお母さんは収入がないんですよ。それでおかしいと僕が気がついてですね。もう5年か10年前にですね、労働基準監督局の人に聞きました。お母さんて、あれ労働がないのにいいんですか。過重労働だったり、夜中も労働したり、サービス残業があったり、いくらでもあるんですけど。なんで労働基準監督局はお母さんのことは文句言ってくれないんですかつったら。労働契約ないって言うんですよ。

これはね、ヨーロッパの考え方なんですね。ですからまあ、今の日本の法体系がヨーロッパの愚劣なって言った方がいいんですけど、程度の低い法体系になってますんでね。法律の体系としては、ヨーロッパの体系っていうのはしっかりしてるんですよ。ドイツの法体系とイギリスの法体系、イギリスは慣習法もありますけどね。

そういうのがあるんですが、その思想が間違ってるんですね。人間を大切にしようと思ってじゃなくて、強い人を大切にするための法体系ですからね。法体系があるつってもあんまり意味はないんですよね。強い人っていうのは、法体系で守らなくたって守れますからね。

弱い人を法体系で守らなきゃいけないけど、弱くて人の命を創生する育てる一番立派な仕事をしてるお母さんが、何の社会的保護も受けてなくて。

しかもあの僕リベラルの人って嫌いなんですよ。女性の活動家もあんまり好きじゃないのはどうしてかって言いますとね。自分のことしか考えてないんですよ。リベラルって言うんだから、他人のリベラルを考えなきゃいけないのに、自分のことだけなんですよ。ですから、リベラルな女性ってだいたい強い女性なんですよね。だから強い女性だから、そんなの私知らないわよって言われちゃってね。

いやだけど、普通のまず普通のお母さんをちゃんとする。それから、弱いお母さんとかいますからね、そういう弱いお母さん、特に目を配るって事がまず必要ですよね。で、日本の戸籍はね、一応母の権利を守ってるんです。

日本というのは戸籍はですね、すごく古いんです。だいたい600年代ですね。大化の改新の少し前ぐらいから、戸籍というものは存在するんですね。ただ、戸籍が存在するって言うと、それはお母さん守るためじゃないよってすぐ反撃がきます。国籍の主たる目的はあくまでも支配者層が徴兵、徴税ね、使役とか、そういう目的で住民を管理するために作られたと、今の左翼系の歴史学者は当然言います。

ただ日本はね、ちょっと違ってた感じも僕はするんですよ。つまり、仁徳天皇のね、民のかまどは賑わいにけり。これはヨーロッパ思想では支配者がいいようにやるということだったんですが、日本の思想は国民が豊かだったらいいっていう正反対の思想なんてね。そういうもとで本当に戸籍というのが住民、国民圧迫のために使われたかっていうのは、もうちょっとね、しっかりとした研究が必要だと思ってますね。

いずれにしても、戸籍が唯一の頼りで、歴史的なことはまあ別にしますと、現在の戸籍をちゃんと活かせばね、戸籍っていうのは夫と妻、それから子供が生まれたら子供ですから、それが家族として一体であるという公の記録だと言ってもいいんです。これを利用してね、お母さんの権利を守るって事はできるんですね。

つまり、私の解釈は現在の法体系の中でもですよ、なんとかかろうじてお母さんの権利を守ることができる。それに対してヨーロッパは全くお母さんの権利を守るという法体系もなければ、社会慣習もないと思いますね。

だから、戸籍を有効に利用して、お母さんの権利を守るっていうのが今のところ、日本では一番早くて確実だと私は思っておりますし。歴史的にもね、もう少しよく見ていただいて、つまり今戸籍の研究で行われているように、支配者の道具として戸籍が使われたって見方もまあ間違いじゃないと思いますが、それは日本全体の思想とは違うんですね。

例えば、今言ったように仁徳天皇の民のかまどはにぎわいにりって思想とかですね。天皇の下には国民しかいないという考え方とかですね。日本の基本的な考え方ですね。それから、平安時代に女性を保護するために、男性に行動の制限を置いたとかですね。

日本は歴史的に継続的に母親を保護しようという、保護っていうかな、保護っていう考え方はちょっとヨーロッパ的考え方ですが、母親が国民の中で大切である。子供と母親が大切である。そういう概念がありましたからね。その概念を取り入れて戸籍制度っていうのをもう一回検討してもらいたいと思いますが、現在の戸籍で十分ですね。

夫と妻がいて、戸籍に筆頭人が夫であるということに引っかかってる、つまらない人がいるんですけど。それよりか、そんなことはいいじゃないかと。戸籍の意味というのはね、家族というのが大切だと。でね、じゃあ家族の持てない人はどうかとか、いろんなことが出てきちゃうんですけど。それは例外とか少数とかっていうのは、人間にはいくらでもあるんですね。それはまた大切にしなきゃいけないんで。そういう人の権利を無視しようと思ってじゃないんですよ。

だけど、大多数の人が結婚して子供を持つのが、社会としては健全だと考えるとですよ。この健全じゃないと考えると、何が健全化ってことになりますからね。やっぱり、健全ていうのは決めといた方がいいんですね。生まれたら健康な方がいいとかね。それから、母乳を飲んだ方がいいとかね。それからまあ、幼児はそこそこ遊んで、小学校ぐらいから勉強した方がいいとかね。それからまあ、青年時代は自分に力をつけた方がいいとか。健康にためにスポーツやった方がいいとかですね。

そういうのは健全な方向だから。それはちゃんとしておいた方がいいんですね。そうならない人とか、なれない人、環境が整わない人、そういうのはいっぱいいますから、その人たちはまたその人で差別したり、区別したりしちゃいけないということだけのことですね。

ところで今、母親が最も人間の命を創生して、育てることができる唯一の人であり。我々はすべてね、第一に考えなきゃなんないのは、社会の中の母親の保護。保護っていうか、母親が十分に子供を産み、それを育てると。おっぱいをあげられて、そして3歳ぐらいまでは必ず母親が近くにいると。そういう環境を作るためには、どうしたらいいかっていうことを考えなきゃいけないんですけど。

これを阻害してるのが、第一に愛情のないリベラルの人なんですよ。男女ともにね。レベラルな男性ってのはね、本当に自分のことしか考えてないんですよ。自分はね、だいたいリベラルていうのはインテリが多いんですね。だいたい大学を出た文化系の人っていうのが典型的ですね。この人たちは厄介なんですよ。もう何を言っても頭は回りますからね。反論はくるし。その挙句は、自分のことだけ考えてるっていうのが多いんですね。

リベラルの女性ってのは今度ね、ちょっと違う男性と。自分だけは自分だけなんですけど、自分はおばあちゃんが見てくれるから仕事ができる。おばあちゃんがいない人どうするんですか。いや、その人知らないよ。これがあの、リベラルな女性の特徴なんですが。

なかなかね、私の子供はってすぐ言い出すんですよ。私の子供は結構ですと。それはもう世間の話の時には全然結構なんだけど、今は社会的なシステムの話をしてるんで、私の子供って、ちょっとやめてくれないですかと、こう言ってもね、私の子供はこうなんだと、こうなりましてね、これは困るんですね。

もう一つは、お母さん自体の問題があるんですよ。お母さんは自分がやってることがあまりに価値が高いってことわかってるわけですね。命を産み、子供を育てる。だから、犠牲的精神になっちゃうんですよ。あまりに自分のやってることの価値が高いんで。

例えば夜中に赤ちゃんがね、急変してもう熱が高くなってううんなってる。そしたら、お母さんの仕事が大したことなかったら、それまで、ちょっと今夜中だから朝になったら見てあげるわよで済むんですね。みんなそうしてるでしょ。

例えば、区役所なんか一番ひどいですよね。あれやってる仕事が大したことないと自分たちが思ってるからね。5時になったら、はい、やめますって。いや私ちょっと今日中にこれが必要なんです。いやダメなんです。もう役所は閉まりましたから。これは何でかっていったら、役所の仕事ってのがね、緊急性もないし、大事でもないからね。それ分かってる本人たちもね。だから、役所の仕事っていうのはあれなんですよ。

場所もそうですね。お役所の管理してるなんか公共施設っていうのはね、5時かなんかにピタッと閉まっちゃうんですよ。そこで本を読んでようが、コーヒー飲んでようが、そんなのは構わないですね。

ところが、一般のそういうところのコーヒー店とか、そういうのがね。例えば、ちょっと今日はどうしてもここにいなきゃなんないことがありまして、30分ちょっと伸ばしてくれないですか。ああそうですか、どうぞどうぞって言うんですよね。

これは、その本人がやってる仕事にどのくらいの価値を見出してるかによって決まるわけですね。それだから、そういうような基準から言いますと、役所の基準が一番低いんですよね。

お医者さんもね、ちゃんとして自分は命を救うお医者さんだと思ってる人は、あるいは少しもちろん診察する時間、だいたいお医者さんは診察時間伸ばしますよ。延ばしても、そこに来られている苦しんでる患者さんを治そうとします。

しかし、金だけを目指している。つまり、医療が金であればね。医療ってのあまり価値のないものですよね。医療っていうのは命を救うから価値が出てくるんで。だから、価値のない医療の人は、いやもう時間です、ピシッとしてしまってしまいます。そういうことがあるわけですね。

サラリーマンもそうですね。価値のないサラリーマンの仕事の場合、パシャと切られるし。価値があることを自分やってると思ったら、まあ少し残っても仕事をするってことになりますね。

そこのところが、母親として、あまりにサービス残業ばっかしてるので。それは大切なんですよ。それはせざるを得ないとかね。ただそれをしてるので、みんなが誤解するし、本人も誤解してるってとこあります。まあ声の小さい人の応援の4は、最も大切で誰も気がつかない人、これが母親である。ということを指摘したいと思います。

------------------------------------------------------------------------------------------------

 

↓クリック頂けるとブログ更新の励みになります。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村


科学ランキング